1 飯舘村の概況
- 公開日
- 2012/01/27
- 更新日
- 2012/01/27
復興の足跡
「福島第一原発」から北西に約40km離れた飯舘村は阿武隈山地の北端にあり、平成の大合併時にも独自の道を選び、自立時給の村づくりを進めてきた。「スローライフ」を実践する村づくりをめざす中で、そこに込められた意味や心情を表している「までい」を掲げることにした。「までい」とは、東北地方では昔から使われていた言葉で、「手間を惜しまず」「丁寧に」「心を込めて」「時間をかけて」「じっくりと」と言った意味が込められている。
震災後の原発事故により、3月15日には屋内退避勧告が出され、さらにその後、放射線の積算線量が年間20ミリシーベルト以上に達すると予測され、「計画的避難区域」の指定を受け、全村民が現在も避難生活を送っている。
村では子どもたちの安全を確保しながら、4月21日より隣接する川俣町で小中学校や幼稚園を再開した。現在、飯舘中学校に134名、草野、飯樋、臼石の3つの小学校に合わせて233名の児童が在籍している。